学習アドバイス

人権作文の書き方と小・中学生のテーマ別の例文

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小学校、中学校での作文の宿題の定番と言えば人権作文、税の作文、読書感想文です。人権作文はどう書いたら良いのか分からないという人のために、例文を公開して書き方をアドバイスします。参考にしてしっかり終わらせましょう。
人権作文は最初に何を書いたらいいのか分からない、どんなテーマを選んだらいいのか分からないという人はぜひ参考にしてください。

人権作文の書き方

受賞作などを見ていると、評価される一般的な人権作文は、以下のように作成します。
第一段落:人権が大切だと感じた、人権が侵害された、またはいじめ・差別が行われている物事に接した体験談、法務省のサイトを読んだ感想など
第二段落:人権の意義、人権の種類や関連する制度の説明など
第三段落:これからの生活の中での人権の重要性について考えたことなど

念のために募集要項を見てみましょう。

第36回全国中学生人権作文コンテストを実施します

(2) 作文の内容
日常の家庭生活,学校生活,グループ活動あるいは地域社会との関わりなどの中で得た体験等を通じて,
基本的人権の重要性,必要性について考えたことなどを題材としたものとする。

(3) 応募原稿の枚数
学校名,氏名,題名を除いて,400字詰原稿用紙5枚以内とする。
外国語で作文を作成した場合又は視覚に障害があり,点字若しくは録音テープで作文を作成した場合には,
それぞれ400字詰原稿用紙5枚以内の翻訳文,墨字又は反訳文とする。
なお,5枚を超えた場合は,審査の対象とならない。

出典:http://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken05_00016.html

人権作文はまずは受賞作や他の人の文を読んでみよう

学校現場で課題として出されることの多い「人権作文」ですが、学校内でありがちないじめなどの問題、テレビで取り上げられることの多いジャンルににテーマが偏りがちであったりします。

まずは多くの例文を読んで、さまざまな人権問題を同じ中学生・高校生の視点を参考にして、考えてみるのがよいのです。狭い視点から独善的な作文を書いてもあまり意味はありません。

しばしば「他の人と同じようなことを書いてしまった。」ということを質問されますが、それでもかまわないので、この機会を利用して、文章を要約したり、既に誰かが書いた文章を手直ししたりする能力を伸ばしましょう。完全に同じということはないので、少し手直しをしてみるというのはよい練習になります。担任の先生に提出するだけなら、パクリ・コピペなどと気にしなくてもよいです。

下記の人権作文の例の記事を参考に、身の回りの自分の体験を思い出してみましょう。自分のエピソードや考えたことに合わせて書きかえ、手直ししながら原稿用紙におさめていけば高い文章能力が身につくはずです。

保護者のみなさんも人権作文では文章の独創性よりも、まずは内容の部分、人権問題についてお子さんと話し合ってみるのが最も良い指導になります。「自分の力で」と考える前に、文章については「真似る」ことこそが学習の第一歩と理解し、人権について考えること、提出期限を守らせることを子どもに薦めてあげましょう。

人権について考える切り口

人権といっても様々なものがあります。

人権の種類

小・中学校の段階では次のような種類があると考えるとよいでしょう。

自由権

  • 理由なく捕らわれたり、罰せられたりしない権利
  • 理由なく税を取られたり、財産を奪われたりしない権利
  • 自由に考えたり、表現したりする権利

参政権

  • 選挙に立候補する、投票する権利
  • 国などに意見を伝える権利

平等権

  • 人種、信条や性別によって差別を受けることのない権利

社会権

  • 健康な最低限度の生活を送る権利
  • 働く人が団結して話し合う権利
  • 教育を受ける権利

請求権

  • 裁判を受ける権利
  • 国に賠償を求める権利

このような種類があります。また、幸福追求権といって幅広い人権を捉える考え方や時代によって新しく認められるようになった権利などがあります。いろいろな事件、事例はどの権利にあてはまるか考えてみるとよいでしょう。

人権はどのように守られているか

現代では、人権は生まれながらに人間が持っているものと考えられていますが、それを規定して保障するのが日本では日本国憲法です。日本国憲法の第13条から40条までに人権に関する規定があります。

また、人権が守られなかった時のために、裁判によってそれを回復するという手段もあります。最高裁判所は憲法の番人と言われています。

他にも、法律を定めることなどによって人権を守るために国会などで話し合ったり、一般の人々に呼びかけたりすることも行われています。人権の大切さを広めたりすることも行われています。

身の周りに人権が守られるためにどのようなことが行われているか考えてみると良いでしょう。

人権は守るのは誰か

日本国憲法では「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」と定めていて、政治を行っている人々が憲法を守ることで国が人々の人権を守ることを求めています。また、日本国憲法では、人権同士がぶつかる場合を解決しなければならないことを「公共の福祉」と呼んでいます。権利が制限されるのは「公共の福祉」よる場合だけに制限しています。

しかしながら、国から守られるということを考えるだけでなく、国民が人権について考えることも必要です。

小学校、中学校の段階では、他の人の人権に配慮して、どのようにして人権が守ることができるか、お互いに幸せに生きることができるかを考えていくことが大切です

人権作文・例

中学生高校生向け・文例


人を「軽蔑」する言葉

中学生

「人権を尊重しよう」よく耳にする言葉です。その元となるのは「他人を尊敬すること」と私は解釈しています。では、その逆、つまり尊敬の逆とは何でしょう。辞書を調べるとこう書いてありました・・「軽蔑」先日、クラスの友人と話している時に、彼が「Aさんって太っているくせに足が速いよなあ」と言いました。Aさんはというのは私たちのクラスメートです。確かにAさんは肥満体型です。走るのが速いということも間違っているとは思いません。ただ、友人のもらした言葉の一部に私はとても違和感を覚えたのです。それは「太っているくせに」という言葉です。色々な場面で耳にする「◯◯のくせに」という言葉です。学校内でよく聞くのは「女のくせに」という言葉です。「勉強が出来ないくせに」「家が貧乏なくせに」というのも聞いたことがあります。テレビやインターネットでも「くせに」という言葉が溢れています。「韓国人のくせに」「障害者のくせに」など。人は何故「くせに」という言葉を口にするのでしょうか。それは他人を軽蔑することで、自分のプライドや優越感を保っていたいという考えからではないでしょうか。心の中で「自分より劣る人間」というを勝手に作り上げて、その人たちが自分と同じことをしたり、自分ができないようなことをするのが許せないのです。何という浅はかな考え方なのでしょう。戦争をはじめとするすべての争いが発生する原因でここにあるようにさえ思えてきます。いい意味で自分は自分、他人は他人でいいのではないでしょうか。他人を軽蔑することは自分の価値さえ落としているような気がします。先ほどの友人とは、あとになって「くせに」という言葉について話をしました。彼は「じゃあ、他に言い方ある?」と尋ねてきたのですが、私もすぐに答えを出すことができませんぢした。少しの間、考えていると、彼が突然ひらめいたように言いました。「『Aさんは足が速い』でいいんだ」と。私も同意しました。「太っているくせに」という言葉はなくても、考えていることは間違いなく伝わるのです。「◯◯のくせに」は元から余計なのです。「Bさんは女のくせに生徒会長に立候補した」ではなく、「Bさんは生徒会長に立候補した」でいいのです。「Cくんは家が貧乏なくせに新しい靴を履いてきた」ではなく、「Cくんは新しい靴を履いてきた」でいいのです。結局は偏見なのだろうと思います。偏見から「◯◯のくせに」という思いが生まれ、それが軽蔑となり、争いに通じていくのかも知れません。誰にでも特徴はあります。良い特徴も悪い特徴もあります。その特徴を認めて(もしくは気にせず)付き合っていくことが、身近な場面で人権を考える第一歩となるのではと思っています。(3枚)


インターネットの誹謗中傷と人権

高校生

私は勉強の資料を探す際や趣味のことを知りたいときによくインターネットを使いますが、最近、インターネットでショックを受けたことがあります。それは、インターネットでよく目にする誹謗中傷です。少し前に「学校闇サイト」というサイトがニュースになったりしましたが、私がショックを受けたのはそれよりもむしろある特徴を持つ不特定多数の人たちへの誹謗中傷です。例えば、安全保障法案が話題になったときには、政治的に対立する人たちへの誹謗中傷がインターネット上に溢れました。中には、全く関係のないニュースにまで半ばこじつけに近い形でコメントを投稿する人もいました。また、中国や韓国のニュースがあれば、中国や韓国の人たちを誹謗中傷する言葉が常にコメントされています。私はそうしたコメントをしたことはなかったのですが、何故こんなコメントがあふれるのだろうと疑問に思っていました。そんな中で、スマイリーキクチさんという芸人と、彼が巻き込まれた事件について知りました。それは、いつからかスマイリーキクチさんが過去の凶悪事件の犯人の1人というデマがインターネット上に広まり、彼が開設したブログなどで常に誹謗中傷を受けたという事件です。その期間は十年近くにもなり、彼の仕事や恋人にも影響が及んだそうです。きっと私なら泣き寝入りしてしまったでしょうが、彼は弁護士や警察等とも協力して誹謗中傷を繰り返した人物を探し、刑事告訴までしました。その結果、十九人もの人々が検挙されましたが、最終的には不起訴になりました。しかし、こうした一連の事件は多くのテレビや新聞で報道され、多くの人が事件について知るとともに彼へのデマも完全な嘘と多くの人が認識するようになりました。私にとって、スマイリーキクチさんの事件を知ったことは衝撃的でした。子どもではない大人の人たちが、少し考えれば疑問符が付きそうなことを信じ込み、一人の人を寄ってたかって誹謗中傷するという事実は、私にとって信じがたいことでした。しかも、彼らは自分がどこのどんな人間かは決して明かさず、相手が見えない所からひたすら相手を傷つける言葉をかけ続けたのです。そして、彼らの考えの一つに「犯罪者に人権はない」というものがあり、この考えの「犯罪者」の部分を人によって政治的に対立する人や中国・韓国に代えているだけなのではないかと思いました。もちろん、過去の行動や政治的な考え、さらには国籍でその人の人権を無視していいわけはありませんし、それを禁止することは多くの法律や憲法にも書かれています。学校でも人権のこともメディアリテラシーのことも勉強することは多いですが、一方でこの二つを一緒に勉強する機会はあまりありません。これからはこの二つを一緒に勉強し、インターネットの誹謗中傷がどれだけ人を傷つけ人権を奪うことに繋がるか多くの人に知ってほしいと思います。(3枚)


障害者の人権とは

中学生

私たちは学校で憲法の条文を学びました。 憲法第13条の法の下の平等、14条の幸福の追求権などについて書かれています。確かに憲法では障害者の人権については明文上、規定があるわけではありません。しかしこの条文を下敷きに国連の障害者人権条約や障害者差別解消法に基づいて障害者の人権を守ろうと言う取り組みが続いていると学校の先生から聞きました。長い間時間をかけて障害者の差別をなくして行こうとしていますがなかなか改善しないとも聞きました。 私は学校で生活して障害者が自分たちと違う事に気づきました。障害者がいじめられているのを見た事があります。車いすの人が立てないのは子供の時に疑問に思っていました。起立する時に起立しないから「ずるい」と言う声が仲間の間から上がりました。このような「レッテル」が貼られていじめを受けておりました。いじめは良くないと思いましたが、止めることができず悔しい思いをしました。 私たちは同じ人間です。障害と言う「違い」は確かにあるかもしれません。障害者について調べてみました。自分から望んで障害者になったわけではなく、障害者になったのは誰のせいでもありません。 例えば、道を歩いていると町はあらゆるバリアフリーに守られています。点字ブロックや手すりエレベーターなどが思い浮かびます。様々な人が暮らす中で皆がより良い生き方をできるよう少なからずこのような配慮がなされていますが、社会がそうなっても人々の心はどうでしょう? 私たちは障害のある方に配慮が出来ているでしょうか?私は、最近道で倒れた人を2回見た事がありました。1回目は私が駅のホームの階段を上っている時、2回目は夜に道で歩いていた時です。 1回目はおじいさんがお酒に酔っていて階段から軽く転げました。私の目の前で起こりすぐ声をかけ介抱しました。電車が入ってきて乗客がたくさん降りてきたとき声をかける人と声をかけない大勢に別れました。私は、そんなもんだろうと思いました。なぜなら、私や数人のお客さんが介抱している状態で手助けの余地があまりない状態でした。2回目は私が歩いていると介抱された女性がいて倒れていました。その時、私はあの駅の階段を下りてくる大勢と一緒だなぁと少し考えました。確かにその女性は介抱されていましたが声ぐらいかけても良かったような気がします。 さて、私がこのような体験から思ったことがあります。あの駅の階段を老人を横目に下りて行った人の中にどれだけ助けに回った人がいたか、或いはそう考えた人がいたか。声をすぐかける人たちは介抱側に回りましたが、私が呆然と階段を下りる人たちを見ていた時、急ぐ人もいたでしょうが心配りもせず目もくれずという世間に対して少し心が寒くなりました。その中でも数人は私と一緒に介抱側にいてくれてとても心強く心がその事で暖まりました。 これから生きる上で私にできることであれば、障がいを持つ方も含めて全ての人の力になるため理解を深め、行動を起こす仲間をつくっていきたいです。 私は体験から世間には、人助けにすぐ行動に移せる人間は少ないように感じます。その中でも私はよりよく生きたいと思いました。そうやって生きることは障害あるなしじゃなく人間の生きる世界にあってほしいもので、私は助ける側で無関心でいる側ではいたくないと思いました。(4枚)


助け合って生きて行くこと

中学生

いじめなんて私以外の世界で起きていることだと思っていました。中学校に入学して部活も決まり、楽しい中学生活が始まると思っていたとき、私はいじめを受けました。小学校とは違い、いろいろな小学校を卒業した生徒が中学校には集まってきます。これまで、一つの小学校の中で生活していた私にとって、大きな環境の変化でした。小学校での私は、明るい性格で、リーダー的存在でした。この調子で中学生活も送ることができるだろうと思っていたのです。小学校までは、リーダーは私一人です。しかし、中学校には小学校ごとのリーダーが集まってきました。当然、一人ひとり顔が違うように性格も様々です。そのため、私は彼らと意見が合わないことも多く出てきました。みんなそれぞれに、「私がリーダー」という意識を持っていたため、対立が生まれました。この対立は出身小学校ごとの対立へと大きなものへ変わっていきました。はじめは、私の友達は味方をしてくれました。しかし、彼らは自分たちも対立関係の中にいることに疲れたようで、私と距離を置くようになっていきました。他のリーダーの友達は結束力が高く、まったく揺らぐ気配がありません。だんだんと私の周りからは味方が減っていきました。朝学校に行くと、「おはよう」と私は言います。返事はありません。みんな下を向いたり、本を読むふりをしたりします。私はとても悲しい気持ちになりました。これはいじめだと思いました。リーダーだった私がいじめを受けるなんて、考えたこともありませんでした。恥ずかしい気持ちがこみ上げてきました。しかし、それよりも辛い気持ちのほうが勝り、身体にも影響が出てきました。朝、登校する時刻になるとお腹が痛くなります。学校へ自転車で向かっていても、痛みに耐えきれなくなり、途中で家へと戻ってきました。こうした状況が続いたある時から、私は学校へ行けなくなりました。辛くて悲しくて、涙が止まりませんでした。友達も、先生も、家族も信じられなくなりました。そんな時、本を読んでいると、私はひとつの言葉に出会ったのです。「生きとし生けるものが幸せでありますように」ーーこの言葉は、私の心と真逆でした。このような言葉がこの世に存在することに驚きました。しかし、とても心が楽になったのです。これまで、私は自分が一番でありたいと思っていました。そのせいで、友達であるはずの人たちと仲が悪くなり、いじめにまで発展しました。確かにいじめはいけないことです。しかし、その原因は私にあったのだと気がつきました。その時、今まで恨んでいた周りの人たちに対して、「ごめんなさい」という思いが生まれました。「明日学校に行ってみんなに謝ろう」と思いました。翌日、学校に行きました。謝ろうと思っていた私を待っていたのは、私を心配していた友達でした。涙が溢れました。声をあげて泣きました。私は辛い経験の中に、多くのことを学びました。我を張ることなく、みんなが幸せであるように、助け合って生きて行くことの大切さ。尊さ。心に刻んで生きていきたいと思います。(4枚)


選挙権における年齢について

高校生

我が国では日本国憲法において基本的人権の尊重を原則とし具体的な人権が列挙されておりそれが保障されている。その中には選挙権が保障されており、公職選挙法の改正により、選挙権を有する年齢が十八歳まで引き下げられた。 ここで私は選挙権は十八歳ではなく十六歳まで引き下げても良いのではないかと考える。 たしかに一般的に十六歳といえば高校生であることが主であり、社会経験がなくまた政治に対する見識も浅く、選挙権を行使できるだけの判断能力が必ずしもあるとは言えない側面がある。しかしながら、これはよく考察してみると憲法内の規定、憲法の目的と矛盾しているように思われる。 まず、日本国憲法の根幹とは民主主義である。それは国民主権という形で保障されている。日本国憲法には民主主義を実現するために様々な規定が定められている。中でも注目したいのは教育を受ける権利である。それは教育基本法においては小学校と中学校で普通に育を受ける義務として具体化されている。そもそも普通教育とは民主主義を実現するために国民がそれに耐えうるだけの知識と判断能力を養成するためのものではないのだろうか。だからこそその期間の労働が基本的には禁止されているのではないのだろうか。つまり、中学校を卒業した時点で政治に対する一定の見識や判断能力が備えられていると考えるのが妥当だ。 次に勤労の義務、職業選択の自由との兼ね合いも問題である。勤労の義務とはされているがそれは権利でもある。十六歳をもって労働することが保障されているのにも関わらず政治に参加できないというのは矛盾が生じる。労働により所得税その他国に納める税が一国民として発生する。税金は予算という形で支出が決められる。政治の根幹をなす問題だ。勤労を保障しておきながら、政治には参加させないというのは問題である。 国家の意思としてはやはり十六歳では民主主義に耐えうるだけの見識や判断能力がないということをもって十八歳という基準を設定したのだと思われるが、それならば教育と労働の分野における法改正をするべきなのではないか。つまり、十七歳までの義務教育の設定と十七歳までの労働は原則として禁止、義務教育内における政治分野の科目の充実、を法律により定めるべきではないのか。私は日本国憲法及びその他法律を否定しているのではない。現実は現実である。であるならば、現実に則すように憲法の規定、及びその他法律を柔軟に変えていくべきではないのかと考えているのみである。 このように現日本国憲法とその他法律の規定によると選挙権が十八歳以上の男女であることは様々な矛盾が生じる。したがって、あくまで現日本国憲法の理想を追求するのであれば、選挙権は十六歳以上の男女に与えるべきであり、さもなくば規定を整合性のとれるように改正すべきであると考える。(4枚)


友達だからこそ

中学生

生まれた頃から家が近所で中学校も一緒の友達がいます。大親友と思ったこともないけれど、でもいつも遊ぶ時には一緒なことが多かったです。とにかく面白く、何かあるとそいつが何をいうのかが気になり、するととんでもないことを言ったりやったりとりあえず笑わせてくれます。いつも一緒に遊んでいてそれが当たり前になっていました。びっくりする知らせが来たのはそんな時、突然でした。交通事故で入院して意識が戻ってないということでした。びっくりと共にとても心配で心配で様子を見に行きたかったのですが、家族以外は会うことができない状態でした。いつもの時間にいつもの集まりにその友達だけいないという、いままでにない毎日が過ぎて行きました。意識はもどり命にも影響はないと聞きとても安心しましたが、後遺症が残るとも聞きました。久々にあったのは約一ヶ月くらいしてからです。病院に会いに行きました。当たり前に一緒にいた友達に改めて会いに行くということでどんな顔して会えばいいのか、最初になんて声をかけていいのか全くわかりません。友達は笑って迎えてくれました。しかし、足は動かせず車椅子になるそうです。一緒に行った他の友達が「大丈夫?」とか「元気になったね」とか次々に声をかけて話を始めてましたが、僕は声が出ませんでした。ずっと一緒に遊んでいたのに突然違う立場になりどう接していいかわかりませんでした。それからみんなで外にでました。友達はもちろん車椅子です。あまり会話ができませんでしたが、僕は車椅子を押したかったのでハンドルをとりました。少し照れくさそうに友達は乗っている気がしました。車椅子を押していると、すれ違う人みんなにこちらを見られている気がします。友達4,5人でまとまって歩いていたからかもしれないし、時々きゃっきゃっと騒いでいたかもしれません。まだ中学生の友達が車椅子に乗っていたかもしれません。でもいつも以上に視線を感じました。怪我をしている人が多い病院の敷地でさえこうなのに、退院して車椅子生活が始まったらもっと見られる生活をするのかなと思いました。見られている感じは友達もあったと思います。実際に座っているのだから。しばらくして僕たちは帰りました。それから、しばらく経ちますがどうやって話したら良いかわかりません。車椅子に乗る生活が続くのは、今までとおりに走り回ったりできずに可哀想ですが、そんな目で見られるのも嫌だろうし、どうしても気を使ってしまいます。ばかな話をしていた頃と同じように普通に接したいのですが、普通にしようと思うとどんどん話ができなくなっています。それはもしかして車椅子を使っている人、みんなに対してそうなのかもしれないです。何をすれば良くてどうすることが失礼にならないか、思い切って本人に聞くのがいいのかどうか、ずっと答えがでません。(4枚)


「写真を撮ってもいいですか?」

中学生

「あっちにいけ、警察呼ぶぞ!こらっっ!」 母は、驚くほどの剣幕で怒っていた。 小学生の夏休み、家族で海水浴に行った。泳ぎ終えた後近くの水道で水浴びをしていた。弟たちは、水着を脱いで砂を落としつつ、まだ水を掛け合って遊んでいた。いつもの我が家の海水浴の風景。 しかし、その日の母だけは様子が違っていた。 初老の女性が、私たちにカメラを向けて構えていたからだ。女性は、母との話は半分に、シャッターチャンスを狙っているようだった。母はその女性に向かって、怒っていたのである。 「え?かわいいなーと思って。ちょっと撮らせて~」 「なんで?誰が撮っていいって言いましたか?」「あっちに行け!警察呼ぶよ!!ほら!!」と、水道のホースを向けると女性は逃げるように去っていった。 弟たちにも着替えを促し足早に立ち去ろうとする母。ついていくのが精いっぱいだった。 数年後、私が中学生になったある日、 友達との買い物の合間にファーストフードに立ち寄った。話し込んでいると、向こう側から連続した携帯のシャッター音が聞こえてきた。同じような年の生徒数人が、私たちのほうを見ては皆で笑いあい、写真を撮っていた。「もしかして私たちを撮っているのか、、、、、?」 この時あの、海水浴のことが頭をよぎった。私たち姉弟を母が必死で守ろうとしていたのだ。怒っていたわけを確信した。 今のこの私の気分が、母の怒りのすべてだったのだと思った。弟たちや家族の楽しいひとときでした。 それを家族が写真に撮るのはわかるが、頼んでもいないのに見ず知らずの人に写真を撮られるのには納得がいかない。非常に不愉快である。また、それを見て笑われるほど屈辱な気分はないのである。 「写真を撮る側」、「取られる側」、そして「その写真を見て楽しむ側」。この三者の同意があって写真が楽しめるのだと思う。 携帯などでシャッターを切るとき、ファインダーの向こう側にいる人は楽しめているのか?またそれを見た人も楽しめるのかを意識することが、撮られる側を保護につながるのだと思う。 ではどうすれば両者を守るのだろうか?、「写真を1枚撮らせて頂けませんか?」 と、一言声をかけよう。断られたら素直に引き下がる。 写真を撮る前のマナーとして意識すれば、自分のその誠実さも自然に分かり合えると思う。 シャッターチャンスは突然やってくる。たとえカメラや携帯を構えていても、収められるかどうかはその腕にかかっている。その緊迫感が楽しくて写真を撮るのでしょう。 その瞬間を、いいシャッターチャンスにするための、信頼やマナー一つ守ることで成り立つことをわかってほしいと思います。 (4枚)


毎日を笑顔で過ごすための「自分づくり」

中学生

「今日は一日、道徳の授業をします。」先生が朝一番に険しい顔つきで話し始めた。隣のクラスの同級生Aさんがいじめにあっていたらしい。私はスクールバスに乗らないからわからなかったけど、友達に聞くともう何か月もの間続いていたらしい。中学校からずっといじめられていたのだという。机や教科書の落書きにはじまり、満員のスクールバスで運転手さんには、全員乗ったかどうかがわからず、いつも生徒の返事に頼っていた。「もう全員乗りました!」という返事の向こう側で、毎朝Aさんはバスに乗せてもらえていなかった。ある日の教室で、憂さ晴らしにAさんに向かって遠くから走りこんで飛び蹴りするのが流行った時期もあったらしい。聞くに堪えない話がどんどん先生の口から公表される。そしてAさんはとうとう学校に来なくなった。私はAさんの存在をよく知らない。そんなことがあるのも知らなかった。Aさんは毎日、どんな思いで学校に来ていたのだろう。考えるだけでも身の切られる思いである。そして、いじめていた子はどうなんだろう。毎日どう思っていたんだろうか。知らないうちに日常化して、やめられなくなってたんじゃないかと思う。まるで「いじめ中毒」のようだ。やらないと気が済まない。なんか目障り。なんかむかつく。うざい。そんな言葉がどんどん浮かんでくる。わたしもふと、ある出来事を思い出した。部活の友達Bさんが、いつも自分の主張ばかりを押し付けてきて、周りの話を聞こうともせず、腹を立ててばかりいた。初めはBさんがなぜそんなに横暴なのかを聞こうと努力していた。ほかの部員とも相談して、Bさんとほかの部員が納得する方法を探そうと何度も話し合いを重ねた。結局話は平行線をたどるばかりで、Bさんは部活をやめてしまった。この経過の中で私は、時間がたつにつれ、Bさんとなかなか意見が合わないことに腹を立て、何度も「ばか」「てめぇ~」など、声を荒げて威嚇ばかりしていたのを思い出す。今から考えると、なにがいいたかったんだろう。Bさんと何が話したかったのかなど、後悔ばかりが思い出される。結局部活をやめる選択をしたBさんの行動に当時は、「厄介者がいなくなった」としか思えなくなっていた。それが私の出したかった結論なのか?この時のことがシンクロしたのだ。Aさんのことは知らなかったけれど、自分に全く関係ないとは言い切れないと思った。学校へ行けないくらいいじめられる恐怖を人に植え付けるのは、案外自分にもある感情なのかもしれないと思った。そんな中毒にでもなったかのような感情がでてくるもっと以前に、できることを考えなければならない。話の合わない人とうまく付き合う努力はお互い必要だと思う。自分と同じ意見ばかりを待つことよりも、自分と違う意見を持つ人とどう共存するのかのほうが大事なんじゃないかと思う。人はみんな同じじゃない。みんな一人ひとり個性があるから、あらゆる創造が成り立つのだと思う。自分と違うひとの思いを認める「自分づくり」こそが、「いじめ中毒」から自然に回避できる術ではないだろうか。私からAさんに話しかける勇気はまだない。だけど、見守っていてあげたいとおもう。そして、このことを胸に刻み、「自分づくり」をしていきたい。ただ毎日を、笑って過ごしたい。Aさんもきっとそう思っているはずだから。(4枚)


彼が騒ぐのには理由があった

中学生

思い切って騒ぎたくなったとき、僕はCくんのことを思い出す。僕はCくんのことが嫌いだった。うるさいからだ。いつも意味なく騒いでいた。彼は情緒学級の子だった。彼は、体育や音楽、体育祭の合同練習の時、僕ら普通学級と一緒に授業を受ける。逃げたり騒ぐことが多いので、そのたびに先生がついて回って付き添っていた。「迷惑なやつ。」そういう印象しかなかった。ある日、話し合いでCくんと同じグループになった。考えただけでも、話し合いが進みそうにない。無視して進めればいいか、と思っていた。彼はやはり騒いでいた。でも、今日はなんか違う気がした。一人で話してる内容が耳に入ってきたので、作業しながら自然に聞き耳を立てていた。「昨日も学校を休んで検査に行ったら、二回も注射で血を取られてすごく痛かった。何で2回もとるんだ?なんでだ、なんで?僕は中耳炎で耳が痛いだけなのに、なんで余計に痛い思いをしなきゃいけないんだ。いい加減にしてくれーいやだー。」と言っていたのだ。その通りだ。そりゃ当たり前だと思った。え?Cくんはいつもこうなんだろうか?今日はいつものCくんじゃない。検査や手術がいやで怒っているCくん。ほんとだよそりゃ冗談じゃない。「いつが手術なの?」って聞いてみた。彼は少し驚くような表情をしていたが、すぐに「来週、、、」と答えた。「耳痛いの?」「うん、だんだん痛くなってきたからしかたないんだけどね。」と返事。「だからいやだいやだーっていつも言ってるの?」「うん。みんなわからないと思うけど、イライラするからしゃべっていないと気持ちが落ち着かない。」「そりゃそうだよね。」「わたしもそんなときがある!」同じグループの女子が話に加わった。後で気が付くと、クラス全員が僕らのグループに聞き耳を立てていたらしい。そんなことはどうでもよかった。Cくんの話が気になった。話しているうちに、cくんが叫ぶわけがわかってきた。叫ぶと気がまぎれる。落ち着く。騒ぐと忘れられるから走り回っているんだ。つまり、僕らが普段理解できなかった行動の一つ一つには、Cくんなりの理由があったのだ。騒いだり走り回ったり、迷惑かけてばかりで、先生がいつも付き添っている。正直、「ふざけんなよ」「うざい」そんなことでしかCくんをみていなかった。Cくんは、騒ぐことや走り回ることで解決しようとしていたとわかった。これは、とてもショックだった。 人が集団行動をするときにひとり騒いでいると、迷惑で時には怒りすら覚える。でも、C君にとってみれば、それらの行動は、心を落ち着かせるための調節行動でしかない。落ち着こうとしているのだ。ストレス発散してるだけ。ただそれだけなのだ。ぼくもイライラしてるとき、ゲームや好きな野球でストレス発散するとおちつくことがある。ヒットを打つと特にスカッとする。そういうことなんじゃないかと思えてきた。なのに、僕らはCくんがなぜそうするのかを聞こうともせず、勝手に迷惑だと自分の考えを押し付けていただけだったと気が付いた。みんな知らなかったんだ。だからみんな、聞き耳を立てていたんだと思う。今日のCくんは、いつもと違っていた。全然騒がなかった。騒ぐ暇がなかった。だって、僕らは会話しながらただ、与えられたグループ作業をこなしていただけだから。(4枚)

小論塾では

小論塾では、人権作文、税の作文、読書感想文などもできるかぎり学校だけの作法で終わらせず、社会人や大学で活かせる能力を養うように指導します。常体での書き言葉の表現、客観的な表現、適切な説明が行えるように小中学校の段階から指導します。小論文対策など大学受験やその先を見据えて、作文の指導を行っています。

詳しくはお気軽にお問い合わせください。

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